ひとを動かす眼

 

平昌オリンピックが閉幕した。

 

今大会は競技数の増加もあり、過去最高のメダル獲得数に見られるように日本人選手の活躍が目立ったが、とりわけ個人的に印象的だったのは、スピードスケートの小平奈緒選手だった。

 

小平選手は、スピードスケート1000メートルで銀メダル、500メートルで見事オリンピックレコードを出して金メダルを獲得した。31歳というひとによっては運動能力のピークが過ぎていてもおかしくない年齢にもかかわらず、技術以上にその運動能力がものをいうだろう短距離種目で、しかも、2014年のワールドカップソウル大会まで国際大会の個人種目ではおよそ表彰台とは縁がなかった経緯を踏まえると、小平選手の今回の成績は驚異的というほかない。

 

また、そうした成績もさることながら、「生き方が大事」という言葉に端的にあらわれているように小平選手のスポーツマンシップを超えた人柄も印象的だった。小平選手は、金メダルを獲得した500メートルのレース後、金メダルをとれず悔し涙をこぼしていたライバルであり、盟友でもある韓国の李相花選手を抱擁して健闘をたたえていたが、その姿は今大会のハイライトのひとつといってよく、政治利用や商業主義など年々批判の高まりがちなオリンピックにおいて、本来的な存在意義をとりもどしたかのような象徴的なシーンに映った。

 

ただ個人的に心打たれたのは、そういったことばかりが理由ではない。

 

小平選手はレース中、リンクの反射や風よけの目的でサングラスをかけているが、そのレンズは他の多くの選手に見られるようなミラーグラスではなく、クリアグラスのために競技をしている間も目元の表情がよく見える。時速5、60キロにも達するというトップスピードでカーブに進入し、低い姿勢を保ったままコーナーリングをすると、想像を絶するような遠心力がかかるのだろう、小平選手の表情が食いしばったようにゆがむ。懸命にこらえながらもカーブの先を見据える鋭い眼には、一切の迷いが見受けられない。

 

彼女のその眼を見ているうち、どこか懐かしい感情が胸に湧き出すのを私は自覚していた。

 

私は、大学を卒業して入った会社をわずか一年あまりでやめた。会社は丸の内の高層ビルにオフィスをかまえる、いわゆる大企業で、決して待遇は悪くなく、優秀な同僚や上司にも恵まれたが、入社して半年もたたぬうちに仕事に倦み、いささかも情熱をかたむけられていない自分に気づいた。まっとうな大人であれば、そうしたさまざまな不満を胸内にしまいこんで給料にみあった責任を果たすのだろうし、したたかな人間ならば、そうした状況すら楽しみ、どうにか改善しようとあれこれ模索するのだろうが、私はそのどちらにも振り切れなかった。

 

同期の連中が日を追って会社に順応していくのを尻目に、私は現状をどうにもできず、かといってそこから降りる潔さももてず、かろうじて体裁だけ取り繕った不良社員として鬱々とした日々を送っていた。そんなとき、たまたまテレビでやっていた北京オリンピックの卓球を見た。ダブルスの試合で、たしか水谷選手と岸田選手がコンビを組んでいたかと思う。彼らがサーブを打つたびに、掌のボールにそそがれる視線に胸を打たれた。これ以上ないと思えるほどの真剣さにあふれ、あらゆる妥協を排除した眼。

 

自分が彼らのような眼をしていないと気づいたとき、会社を辞める決心がついた。

 

その後、幸か不幸か小説の世界に足を踏み入れ、真剣にとりくまざるをえなければどうにもならない現在の状況にいたっている。もっとも、真剣どころか、もてる力のすべてを尽くしてもまったく歯が立たず、ときに途方に暮れることばかりではあるのだが。

 

報道によれば、小平選手は、勤務する病院の全面的な支援をうけて、オランダに練習拠点を移すなどして厳しい自己研鑽をつづけてきたのだという。そのような絶え間ない地道な積み重ねが、今回の結果にむすびついていることは疑いようもなく、ただただ敬服するしかない。

 

すぐれた成績にくわえ、日本選手団の主将と旗手であることも手伝って、小平選手のレースの模様は、繰り返しメディアで流された。

 

画面の中の小平選手がカーブに差しかかるたび、彼女の表情が苦しげにゆがむ。カーブの先を必死に見据えるその表情にこれまでの彼女の苦労や苦悩が凝縮されているような気がし、同時に、当時の私自身の記憶も呼び起こされ、ほんのわずかだが胸がしめつけられる。

 

もしかしたら今回の平昌オリンピックでも、かつて私がその後の生き方を大きく変えた契機になったように、あの小平選手の眼に、必死に競技に集中する選手の姿に人生を変えるほど揺さぶられたひとがいるのかもしれない。いや、きっといる。

 

さて。

 

オリンピックは閉幕したが、祭典はまだ終わってはない。次はパラリンピックが待っている。