サーラレーオ 『群像』2018年5月号

 

 

講談社の文芸誌「群像」で新作『サーラレーオ』を発表した。

 

 

 

二百枚に満たない中編小説で、物語の舞台は私にとってはじめての海外、それも天使の都バンコクとなっている。もともと東南アジアの気候や料理が好きで何度も足を運んでいるが、とりわけタイは、執筆拠点と称してコンドミニアムや安ホテルの一室を借りてしばらく滞在をしていたこともあり、以前から馴染みのあるところだった。

 

いつかバンコクを舞台にした物語を書いてみたいと思っていた。混沌と喧騒をきわめたバンコクという南国の地で、鬱屈とした日本人の主人公を思いのさま動かし、熱くたぎるような濃密な空気を表現してみたかった。たぶんそこには、私の中で、閉塞しているように感じられてならない日本社会に対する不満と、底ぬけの活気にあふれたバンコクに対する都合のいい誤解が複雑にからみあっていることと無関係ではないような気がしているが、どうなのか。

 

いずれにせよ、今回ようやくその思いが一部ながら実現したわけだが、それも群像編集部の森川さんの協力によるところが大きい。

森川さんとは、フィリピン刑務所の内幕を描いた『バタス――刑務所の掟』などで知られる作家の藤野眞功さんから紹介され、新宿の台湾料理屋ではじめてお会いした。私よりも年少で、慶應義塾大学SFCキャンパス出身かつ福田和也ゼミに所属していたというから、偉そうに言ってしまえば私の後輩ということになる。それでも私よりもはるかに優秀で、執筆中は何度も的確な助言をうけ、文字通り助けられた。森川さんがいなければ、間違いなくこの作品は世に出ることはなかったと思う。

 

 

 

 

 

『サーラレーオ』は、森川さんのサポートにくわえ、一人称一視点でシンプルな結構も手伝い、筆の遅い私からすれば異例の速さでプロットも本文も書きあげることができた。あるいは単純に取り組みやすいテーマだったのかもしれない。自分でも不思議な体験だった。

創作をする上で、自分ではなかなかその腐臭に気づけない自意識とどうむきあい、作品中でどうそれを処理していくかという問題は、すべての書き手が一様に突きつけられるものだと思われるが、今回「サーラレーオ」の創作を通じて、結果的にそのような問いに対するいくつもの貴重な示唆と経験を与えてくれたような気がする。今後の創作活動につながりそうな手応えらしきものを感じ、ぜひとも活かしていきたい。

 

機会が許せば、バンコクにこだわらず、海外を舞台にした長編を書いてみたいと思っている。