『カトク 過重労働撲滅特別対策班』後記

 先月、文藝春秋社から『カトク 過重労働撲滅特別対策班』を発表した。大企業の長時間労働を取り締まる厚生労働省の特別チームを描いたオムニバス形式の小説で、私としてははじめてとなる書き下ろし作品となった。

 

 最初に依頼をうけたとき、担当してくださった編集者の舩山さんからは、ブラック企業ものを書いたらいいのではないか、という話をいただいた。それはおそらく、デビュー作の『狭小邸宅』や『ニューカルマ』を念頭に置いての提案だと思われるが、私個人としてはブラック企業それだけをあつかう作品というのはあまり気がすすまなかった。なんとなくいまの私の筆力では、これまで書いてきた作品をなぞってしまうような気がし、どうせ取り組むなら、これまであつかっていない題材を、これまで採用していない手法で挑戦してみたいという思いがあった。

 その後、苦し紛れに書いた、今回の『カトク』とは異なるテーマの四百枚ほどの長編が没となり、なにを書けばよいか悩んでいたときに、打ち合わせ中にふと頭にうかんだのが「カトク」だった。ちょうど電通社員の過労自殺が連日メディアに取り上げられていた際にカトクの存在を知ったが、それがどのような組織で、具体的にどのような活動をしているのかはわからないも同然だった。ただ、カトクという語感、カトクが射程にしている過重労働という今日的なテーマ、さらには舩山さんが当初から望んでいた「ブラック企業もの」という条件にも合致し、これでやってみようということで話がまとまり、取材をすすめていった。

 

 

 依頼当初から、できればシリーズになるものがいいと言われていたので、いろいろな事件や企業があつかえるよう小編がゆるくつながるオムニバス形式を採用し、また、取り締まるカトクの側と取り締まられる企業側の双方の事情を等しく表現するために、小説の視点はこれまでの一人称単視点ではなく、三人称多視点とした。いずれも、私にとってははじめて採用する手法で、どのように書いたらよいか迷走した時期もあり、うまくまとめきれず最終的に二百枚近く削ることになってしまったものの、一応はどうにか最後まで書き上げ、出版にこぎつけることができた。

 今回の作品では、持てる力を尽くしたとはいえ、筆力をはじめ自身の未熟さからくる反省点は決して少なくない。それでも、挑戦したことが多かったぶん、発見も多く、今後につながる作品になったかと思う。

 

 

 ところで、ベテランの編集者である舩山さんはこれまでいくつもの媒体に関わっておられるが、その中には「文學界」の編集長もふくまれているという。

 まだ私がデビューする前のこと。まっとうな勤め人として生きていくのは無理だと判断し、なにを血迷ったのか、物書きの世界で勝負してみようと思い立った。なんの実績もなく、自分がなにを書けるものかわからない状態で挑むのは、いま思えば無謀の極みだが、それでも自分がなにかができることを世間に証明しなければならなかった。

 こつこつとフリーランスのライターで雑文を書いて実績を積む方法もあったのだろうが、偏屈で交渉下手な私がやればいいように使い潰されて終わるだけのような気がし、そもそも勝負している感じがせず、端から選択肢にはなかった。どうでもいい仕事を、どうでもいい相手と、どうでもいい気分でやるのはごめんだった。

 

 

 残された手段は、各文芸誌が主催している公募の新人賞だけだった。少なくとも、当時の私にはそれしか考えられなかった。それから見よう見まねで小説を書きはじめ、ようやく書き上げた小説らしきものを、最初に投稿した文芸誌が「文學界」だった。どういうわけか、その小説らしきものは一次選考を通過し、「文學界」の誌面に私の筆名と作品名が記されることとなった。

 自分の名を見つけたときの衝撃はいまも忘れない。米粒のような小さな字でわずか一行、それもたったの八文字。筆名も作品名もなかば思いつきででっちあげたものだが、それでも、曲がりなりにも自分の頭でひねりだしたものが活字となって雑誌に掲載されているのは、ちょっとした感動だった。あのときの感動がその後も小説を書きつづけるひとつの原動力となり、それが今回の『カトク』にまでつながっていると言っていい。

 いま当時の「文學界」をひらいてみると、編集長として舩山さんの名を見つけることができる。これもなにかの縁だったのかもしれない。

 

 

 舩山さんには担当編集者として、絶望的なまでに筆の遅い無名の新人作家を見捨てず、最後まで辛抱強く伴走してくださった。深く感謝申し上げます。また、この企画のきっかけを作り、その後も見守ってくださった文藝春秋社の飯窪さんと西さんにも、感謝申し上げます。突然の申し出にもかかわらず、快く取材を引き受けてくださった東京カトクの樋口課長とカトクの皆さんにも、感謝申し上げると同時に、必ずしも実態どおりの内容ばかりとならなかったこと、お詫び申し上げます。