「地面師たち」始動

 集英社の文芸誌「小説すばる」で、連載をはじめることとなった。タイトルは「地面師たち」。不動産を専門とする詐欺をくわだてるものを俗に地面師という。本作品は真正面からそれをあつかった。

2018年12月17日朝日新聞朝刊

 企画の発端は一年以上前だった。集英社の稲葉さんから地面師を書いてみないかという話をいただき、私は快諾した。これまで「狭小邸宅」、「ニューカルマ」を担当してくださった稲葉さんには信頼を置いていたし、地面師という題材にも強くひかれた。

 稲葉さんが私に小説を書かせようと思い立ったのは、西五反田の海喜館をめぐって積水ハウス社が数十億円も地面師にだましとられた事件を契機にしている。私自身、報道で地面師と呼ばれる特殊な詐欺師の存在を知り、このような巨額の、それも古典的ともいえる詐欺事件が大企業相手に起こるのかと驚かされた。

 報道を追っていくにつれ、詐欺をくわだてた容疑者の素性やその手口に興味をおぼえた。彼らにだまされてしまった被害者の心理にも、それと同じくらい思うものがあった。彼らは、どうして騙されてしまったのだろう。それは彼らに落ち度があったからだけの話なのか。身分照会の手続きや制度そのものに問題はなかったのか。

 そもそも個人の身分を証明するとはどのようなことなのか……そのように考えていくうち、いつしか物語の構想が底なしに湧きあがってきた。

 派手な犯罪事件というだけなら、実際に小説を書いてみようとまでは思わなかった気がする。

 ひとをあざむく。どうしてかこの行為が、私の中で引っかかった。おそらく、私という人間の重要ななにかと関連しているからなのだろうが、この作品の最後の一行を書き上げたとき、多少ともそれは明らかになるのかもしれない。